Zeebra(ジブラ)の祖父の事件や娘リマ、Kjとの関係と現在とは?
「俺は東京生まれHIP HOP育ち」のフレーズで知られ、日本語ラップの先頭を走ってきたZeebra(ジブラ)。娘がNiziUのRIMAであることや、祖父が昭和の大事件の当事者だったことでも検索されています。この記事では、プロフィールから祖父の話、Dragon AshのKjとの関係、家族、そして現在の活動までを整理します。
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Amazonで探すZeebra(ジブラ)の本名や年齢、慶應との関係は?
Zeebra(ジブラ)は、日本のヒップホップを代表するラッパーです。プロフィールは次のとおりです(年齢は2026年10月時点)。
- 本名:横井 英之(よこい ひでゆき)
- 生年月日:1971年4月2日生まれ、55歳
- 出身地:東京都港区
- 主な所属グループ:キングギドラ(現・KGDR)
検索候補に「慶應」「幼稚舎」が出てくるのは、小学校を慶應義塾幼稚舎で過ごしたためです。ただし、のちに述べる祖父の事件をきっかけにいじめを受け、転校しています。最終学歴は、文化学院の中退です。
大人になってからも慶應とのつながりは続いています。2016年には慶應義塾大学の三田キャンパスで、授業「現代芸術II」の特別講師として登壇しました。2017年秋と2024年秋には、同じ授業の講師を務めています。検索候補の「慶應 教授」はこのためとみられますが、教授に就任したわけではなく、講師としての登壇です。
音楽の面では、1993年にK DUB SHINE、DJ OASISとキングギドラを結成し、1995年にアルバム『空からの力』を発表しました。日本語で韻を踏むラップの手本とされる作品です。1997年にはシングル『真っ昼間』でソロデビューし、1998年の1stアルバム『THE RHYME ANIMAL』からは代表曲『I'm Still No.1』が生まれました。冒頭の動画がその曲です。
Zeebra(ジブラ)の祖父とホテル、事件の真相は?
「Zeebra 祖父」で検索すると、「ホテル」「事件」という言葉が続きます。Zeebraの祖父は、実業家の横井英樹です。Zeebraの母親が横井英樹の長女で、母方の祖父にあたります。
横井英樹は、1982年2月に起きたホテルニュージャパン火災の当時の社長です。東京・赤坂のホテルで起きたこの火災では33人が亡くなり、防火設備の不備などの責任を問われた横井英樹は、のちに実刑判決を受けました。
この事件は、当時小学生だったZeebraの生活にも影を落としました。祖父の事件をきっかけに学校でいじめを受け、慶應義塾幼稚舎から転校しています。裕福な家に生まれながら、子どものうちに世間の厳しい目を向けられた経験をしたことになります。
Zeebraは、こうした生い立ちを自伝『ZEEBRA自伝 HIP HOP LOVE』(2008年、ぴあ)で語っています。華やかなイメージの裏に、こうした出来事があったことを知ると、反骨心の強いリリックの見え方も少し変わってくるのではないでしょうか。
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Amazonで探すZeebra(ジブラ)とKjの公開処刑の背景や和解は?
検索候補に「Kj 公開処刑」「何があった」「和解」が並ぶのは、Dragon Ashの降谷建志(Kj)との関係が、共演から対立へと大きく変わったからです。
始まりは1999年、Dragon Ashのシングル『Grateful Days』への客演でした。この曲でZeebraが歌った「俺は東京生まれHIP HOP育ち」のフレーズは広く知られるようになり、Zeebraの名前が一般に広まるきっかけになりました。
ところが2002年、再結成したキングギドラが発表した曲『公開処刑』で、ZeebraはKjを批判します。声の出し方やフロウ(ラップの節回し)が自分のスタイルとそっくりだ、という指摘でした。かつての共演相手を名指しで批判したこの曲は、大きな話題になりました。
その後、Zeebraは自伝などで『公開処刑』を作った経緯を語り、発表後のDragon Ashの活動を認める発言もしています。ただし、2人がはっきり和解した、あるいは再び共演したという公式な発表は見つかっていません。対立は「一段落した」と受け止めるのが、今のところ正確なところです。
Zeebra(ジブラ)の嫁や離婚、娘リマと息子は?
Zeebraは2度結婚しています。1991年に最初の結婚をし、2人の息子が生まれました。離婚後は、Zeebraが息子たちを育てています。次男はDJ.Renとして活動しており、Zeebraのラジオに一緒に出演したこともあります。
2002年には、モデルの中林美和と再婚しました。2人の間には娘が2人生まれ、長女はモデルのkanon、次女はNiziUのRIMAです。RIMAは、ソニーミュージックとJYPエンターテインメントによるオーディション『Nizi Project』を経てNiziUのメンバーとしてデビューし、ラップも担当しています。
しかし2020年8月下旬、Zeebraの不倫旅行が週刊誌で報じられ、本人は謝罪しました。そして同年11月2日、Zeebraと中林美和は離婚を発表します。Zeebraは「長年連れ添った妻と協議の結果、離婚致しました」と報告し、中林美和は、娘たちの親権を自分が持つことを明らかにしました。結婚から18年での離婚でした。
直後には、Zeebraが中傷を控えるよう求めた投稿が「娘を盾にしている」と批判され、投稿を削除する騒ぎにもなっています。娘がグローバルに活動するグループのメンバーである分、家族の話題はとりわけ大きく扱われました。
Zeebra(ジブラ)の現在の活動と代表曲は?
Zeebraの代表曲としては、『I'm Still No.1』のほか、加藤ミリヤを迎えた『My People』(2本目の動画)などがあります。ソロアルバムは『BASED ON A TRUE STORY』(2000年)、『TOKYO'S FINEST』(2003年)、『25 To Life』(2013年)などを発表してきました。
テレビでは、2015年から2020年までテレビ朝日系『フリースタイルダンジョン』のメインMCを務め、MCバトル(即興のラップバトル)ブームを支えました。2014年にはNHKの企画でアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)を訪れ、日本のヒップホップについて語っています。2016年には渋谷区観光大使のナイトアンバサダーにも任命され、夜の街の文化を守る活動にも関わっています。
近年もステージに立ち続けています。2024年にはタイの大型ヒップホップフェス「Rolling Loud Thailand」に出演しました。キングギドラは1996年に一度活動を止めたあと、2002年にアルバム『最終兵器』で再結成し、2011年からはKGDRとして復活しています。KGDRとしては、2022年に『Rasing Hell』、2023年に『HIPHOPA』を発表しています。
2026年には、TBS系『ラヴィット!』の音楽フェス「LOVE IT! ROCK 2026」(8月22日、国立代々木競技場第一体育館)への出演が発表されました。見取り図・盛山晋太郎らのグループ「赤坂サイファー」の新曲をプロデュースしたことも話題になっています。ラジオ番組も持っており、50代になった今も、プレイヤーと裏方の両方でヒップホップに関わり続けています。
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