FLAME(フレイム)の現在は?解散とムネノコドウと伊崎兄弟wiki

いまの音楽シーンには男性ダンスボーカルグループがごまんといますが、その先駆けと言える存在が、2001年前後にデビューしたw-inds.(ウィンズ)・FLAME(フレイム)・Lead(リード)の3グループです。
中でもFLAMEは、知名度こそw-inds.に届かなかったものの、平成のVision Factory三兄弟という意味では絶対に外せないユニットでした。
わたしも当時、深夜の音楽番組でムネノコドウのサビが流れた瞬間に「これは絶対ジュノン系の名門ボーイズグループだな」と直感した記憶があります。

FLAME(フレイム)の本名と出身は?2001年Vision Factory結成の4人組

FLAMEは、2001年にVision Factory(ヴィジョンファクトリー)から結成された男性4人組のダンス&ボーカルユニットで、2010年3月1日に正式解散しました。
所属事務所はライジングプロダクション(Vision Factory系列)、レーベルはpony canyonで、w-inds.(ウィンズ)と同じ事務所の同期格にあたるグループです。
(出典:Wikipedia「FLAME」項目・英語版Wikipedia「Flame (band)」項目・2026年5月確認)

オリジナルメンバーは、伊崎右典・伊崎央登・金子恭平・北村悠の4人でした。

> 伊崎右典(いざき ゆうすけ):1984年5月17日生・第13回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト グランプリ受賞
> 伊崎央登(いざき ひさと):1984年5月17日生・右典の双子の兄弟・同コンテスト 特別審査員賞受賞
> 金子恭平(かねこ きょうへい):ボーカル・後に2004年11月脱退
> 北村悠(きたむら ゆう):ダンス&ボーカル

4人とも2000年に開催された第13回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストの上位入賞者で、結成時点で「ライジング版KAT-TUN」というキャッチコピーが業界内で囁かれていた、平成の正統派ボーイズグループでした。
(出典:note「ライジング版KAT-TUN・男性アイドルユニット『FLAME』について」・2026年5月確認)

伊崎右典・央登の双子コンビが目立つ存在で、整った顔立ちと姿勢のいいダンスで、デビュー直後から女性ファンを引き込んでいた記憶があります。
事務所がw-inds.と同じだったため、デビュー当時のFLAMEはw-inds.と並列で売り出される形をとり、両グループのファンが互いのライブに参加する文化があったのも、当時のVision Factoryならではの空気感でした。

FLAMEのデビュー曲ムネノコドウは?w-inds.同期のライジング版KAT-TUN戦略

FLAMEのメジャーデビューシングルは、2001年7月18日リリースの「ムネノコドウ」です。
同年3月にw-inds.が「Forever Memories」でデビューしているので、ちょうど4ヶ月遅れでVision Factoryの2組目のダンスボーカルグループが投入された、という流れでした。
(出典:Wikipedia「FLAME」項目・2026年5月確認)

ムネノコドウは、軽快なダンスポップとボーカルハーモニーが噛み合った爽やか系ナンバーで、伊崎兄弟のサビハモリと、北村悠のダンスキレが画面越しに伝わる楽曲でした。

> 1stシングル「ムネノコドウ」(2001年7月18日)
> 2ndシングル「太陽が見ている」(2001年11月)
> 3rdシングル「離したくはない」(2002年)
> 4thシングル他、年に2〜3枚のペースでリリース継続

「ライジング版KAT-TUN」の異名は、ジャニーズ事務所のKAT-TUN型ボーイズグループの構図を、ライジングプロダクション(=Vision Factory系列)が独自に作ろうとしていた、という業界戦略の表れでもありました。
(出典:note「ライジング版KAT-TUN・男性アイドルユニット『FLAME』について」・2026年5月確認)

そして、FLAMEがVision Factoryでの仲間と組んだ象徴的なコラボレーションが、「Earth Harmony」名義での合同シングルです。
このユニットはw-inds.・Lead・FLAME・Folder5の4組合同の期間限定編成で、シングル「World Needs Love」(2003年)をリリースしました。
(出典:英語版Wikipedia「Flame (band)」項目・2026年5月確認)

平成のVision Factory黄金期を象徴するこのコラボは、いまでもファンの間では「あの時代だけの奇跡の編成」として語られる1曲です。

FLAMEの伊崎右典・伊崎央登の関係は?双子のジュノンスーパーボーイ出身

FLAMEを語るうえで絶対に外せないのが、伊崎右典・伊崎央登の双子兄弟という存在です。
2人は1984年5月17日生まれの一卵性に近い顔立ちの双子で、2000年の第13回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストにそろって出場しました。
(出典:Wikipedia「伊崎右典」項目・Wikipedia「伊崎央登」項目・newsee-media「伊崎右典と伊崎央登兄弟の現在!ハーフ説や結婚など噂の真相・家族画像も総まとめ」・2026年5月確認)

このコンテストでの2人の戦績がすごくて、

> 伊崎右典:第13回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト グランプリ
> 伊崎央登:同コンテスト 特別審査員賞

2人とも上位入賞という、まさかの双子兄弟ダブル入賞でFLAMEに合流したというドラマチックなスタートでした。
当時の女性誌・芸能誌では「ハーフ説」「ヤンキー説」「結婚説」などの噂がいろいろ飛び交っていましたが、2人とも純粋な日本人で、整った顔立ちは家族の遺伝的なルックスによるものだったと、後年のインタビューで語られています。

伊崎右典は俳優としても活動の幅を広げていき、FLAME解散後の2010年代以降は舞台・映画・ドラマで存在感を発揮し、Twitter・Instagramの公式アカウント(@yusuketti)でファン交流を継続しています。
伊崎央登は2011年に「Daybreakers」名義のコラボアルバムに参加し、2013年には元FLAMEメンバーとEMALFというユニットを結成、さらに「YES WE CAN!」イベント主催や舞台プロデュースなど、マルチな展開を見せています。
(出典:Wikipedia「伊崎央登」項目・伊崎右典公式X@yusuketti・2026年5月確認)

FLAMEの解散理由は?金子恭平脱退から2010年活動終了までの経緯

FLAMEは結成当初の4人組から、徐々にメンバー編成が変化していきます。
最初の大きな転機は、2004年11月の金子恭平の脱退でした。
金子恭平は脱退後にZAIN PRODUCTSへ移籍し、シンガーソングライターとしてのソロ活動をスタートさせます。
(出典:Wikipedia「金子恭平」項目・voicetrainers「金子恭平 VT Artist Development」・2026年5月確認)

金子の脱退後、FLAMEは新メンバーを加えながら活動を続けますが、Vision Factory全体としてはw-inds.の楽曲シフト(橘慶太のソングライティング路線)が中心となり、FLAMEのCDセールスは徐々に落ち込んでいきました。

そして2010年3月1日、FLAMEは正式に解散を発表します。
解散時点では伊崎右典・伊崎央登・北村悠の3人体制まで縮小しており、9年間のグループ活動に終止符が打たれました。
(出典:Wikipedia「FLAME」項目・解散した日本のバンド・グループ一覧・2026年5月確認)

w-inds.が2010年代以降も継続活動の道を選んだのに対し、FLAMEはひと世代分の活動を終えてメンバー個別の道へ進む選択をした、というのが2010年解散時のVision Factoryの構図でした。
ボーイズグループの賞味期限と、メンバー個々のキャリア多様化という観点では、FLAMEの解散判断は当時の業界事情を象徴する出来事だったと、いまも振り返るたびに思います。

FLAMEの現在は?EMALFと伊崎兄弟・金子恭平・北村悠の今wiki

2026年5月現在、FLAMEのメンバーはそれぞれ別の道で活動を続けています。
解散後のメンバー動向を整理すると、平成ボーイズグループの「その後」のリアルが見えてきます。

> 伊崎右典:俳優として舞台・映画・ドラマで活動継続
>  X公式アカウント @yusuketti、Instagram @yusuketti でファン交流中
> 伊崎央登:2013年EMALF結成、舞台プロデュース、「YES WE CAN!」イベント主催
> 金子恭平:シンガーソングライター、SUPER FORCEバンド活動、ボイストレーナー(VT所属)
> 北村悠:俳優、KM★TVイベント主催、Muse Enterprise所属、Murasaki Sportsウェブモデル

特筆すべきは、解散後の2013年3月に北村悠と伊崎央登を中心に元FLAMEメンバーが結成したユニット「EMALF(イーマルフ)」の存在です。
EMALFは「FLAME」のスペルを逆さに読んだネーミングで、FLAME時代の楽曲を新しい解釈で再演するライブ活動を中心に、ファン向けのイベントを継続的に開催しています。
(出典:Wikipedia「北村悠」項目・FLAMEオフィシャルブログ「FLAME EMALF」Powered by Ameba・2026年5月確認)

金子恭平はFLAME時代の歌唱経験を活かしてVT Artist Developmentのボイストレーナーとなり、若手アーティストの指導にも携わるという、平成ボーイズグループ出身者の中でも異色のセカンドキャリアを築いています。
SNSは@kaneko_kyohei(X)で発信を継続中で、楽曲制作・振付・バンド活動・ボイストレーナーの4軸を並走させているのが、いまの金子恭平の姿です。

ところで、Vision Factory三兄弟(w-inds.・FLAME・Lead)の中で、現在の活動規模だけ見るとw-inds.(橘慶太・千葉涼平の2人体制)が最も知名度を保っています。
ですが、解散後それぞれが俳優・ソロアーティスト・ボイストレーナー・舞台プロデューサーへとバラけて活動しているFLAMEの「その後」の多様さは、ライジング版KAT-TUNと呼ばれた当時の素材力の高さを、いまも証明し続けているように、わたしには見えるのです。
中学生だった頃の深夜番組で「ムネノコドウ」のサビを聴いた瞬間の、あの「これは名門ボーイズグループの匂いがする」という直感は、20年以上経って振り返ると、当たっていたんだなと素直に思います。

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