直前記事でw-inds.のことを書いていたら、振付を担当していた先輩のDA PUMP(ダパンプ)KENの存在感が気になって、自然と4人時代のDA PUMPを振り返りたくなりました。
わたしが中学生〜高校生の頃のDA PUMPは、紅白歌合戦5年連続出場、オリコン上位常連、沖縄アクターズスクール出身ダンスボーカルの代表格、というレジェンド枠でした。
2018年「U.S.A.」での再ブレイクで「現在のDA PUMP」を知った世代の方も多いと思いますが、この記事はあえて昔のDA PUMPの4人時代に強くフォーカスして書いていきます。
「DA PUMP(ダパンプ)4人時代は?ifとコラソンと脱退の現在の姿や最新活動はどうなっているんだろう?」「脱退理由や結婚、名曲の背景について本当のところが知りたい!」と検索してこの記事にたどり着いた方が多いのではないでしょうか。
この記事では、DA PUMP(ダパンプ)4人時代は?ifとコラソンと脱退の結成秘話やメンバーの深いプロフィール、代表曲の歌詞の世界観、そして2026年現在の活躍まで、ファンや読者が知りたい疑問をわかりやすく徹底解説します!
DA PUMP(ダパンプ)の本名と出身は?1997年沖縄アクターズスクールデビューの4人組
DA PUMPは、1997年6月11日に「Feelin’ Good -It’s PARADISE-」でメジャーデビューした、男性4人組のダンスボーカルユニットです。
所属事務所は当時のライジングプロダクション(後のVision Factory系列)、レーベルはavex traxで、沖縄アクターズスクール出身という共通項を持つメンバーで結成されました。
オリジナルメンバーは、ISSA・KEN・YUKINARI・SHINOBUの4人です。
> ISSA(いっさ):本名 邊土名一茶(へんとな いっさ)・1978年12月9日生・沖縄県沖縄市・メインボーカル
> KEN(けん):本名 奥本健(おくもと けん)・沖縄県出身・ラップ&振付担当
> YUKINARI(ゆきなり):本名 玉城雪成(たまき ゆきなり)・沖縄県出身・ボーカル
> SHINOBU(しのぶ):本名 宮良忍(みやら しのぶ)・1980年2月15日生・沖縄県小浜島・ダンス&ラップ
4人とも沖縄県出身で、特にメインボーカルのISSAはMAX・SPEED・知念里奈らを輩出した沖縄アクターズスクール出身の代表格として知られていました。
グループ名の「DA PUMP」は、「太陽の力強さ」を意味する造語で、メジャーデビュー前のダンスバトル全盛期に名付けられた、と言われています。
ところで、DA PUMPはw-inds.の事務所の先輩で、デビュー直後のw-inds.の振り付けはKENが担当していたんでしたよね。
当時のテレビ番組ではDA PUMP KENにラップとダンスをしごかれているw-inds.の練習風景が何度も流れていて、わたしは「KENさん、めっちゃ怖そうだけど面倒見いいな……」と画面越しに勝手に思っていました。
DA PUMPのif…が最大ヒットの理由は?2000年代表曲ラップと紅白5年連続
DA PUMPの過去最大の代表曲といえば、間違いなく2000年7月19日リリースの12thシングル「if…」です。
オリコン週間ランキングで上位に食い込み、年間チャートでも記録を残した、4人時代のDA PUMPを象徴する1曲でした。
if…の魅力は、ラップパートの強烈さと、ISSAのキャッチーなボーカル、そしてダンスの完成度の三拍子が、ピーク状態でハマっていた点に尽きます。
わたしも当時カラオケでDA PUMPを選曲するたびに、ラップパートを誰が取るかで友達と取り合った記憶があります。
DA PUMPは1998年から2002年まで、5年連続でNHK紅白歌合戦に出場した数少ないダンスボーカルグループの1つです。
> 1998年第49回紅白:「Rhapsody in Blue」
> 1999年第50回紅白:「We can’t stop the music」
> 2000年第51回紅白:「if…」
> 2001年第52回紅白:「CORAZON」
> 2002年第53回紅白:「RAIN OF PAIN」
特に2001年8月に発売されたベストアルバム『Da Best of Da Pump』は、グループの商業的なピークでした。
ここまでが「強かった頃のDA PUMP」、ここから先は「メンバー脱退と苦悩のDA PUMP」へと、グラデーションのように景色が変わっていきます。
DA PUMPのCORAZONはスペイン語?サビ「メランコリコトリステコラソン」の意味
わたしが個人的にDA PUMPの楽曲のなかで一番好きだったのが、2001年4月25日リリースの14thシングル「CORAZON(コラソン)」です。
当時のわたしは「コラソン」をなんとなく「スペイン語で嫉妬」だとずっと思い込んでいたのですが、これは完全な勘違いでした。
「CORAZON(corazón)」はスペイン語で「心」「ハート」を意味する単語です。
サビの有名な一節「Melancolico, Triste Corazon(メランコリコ・トリステ・コラソン)」は、直訳すると「憂鬱で、悲しい心」。
失恋で揺れる男の胸中をスペイン語のフレーズに託して描写した、ラテンの匂いのする1曲でした。
わたしが何故「嫉妬」と勘違いしていたかというと、たぶんサビの哀愁ある雰囲気と、「メランコリコ」のリズムが、当時の中学生男子の語感では「嫉妬っぽい音」に聞こえたから、というだけの完全な思い込みです。
20年以上経って改めて意味を調べて「ああ、心か、それはそうかも」と納得しました。
CORAZONは、ヒット曲の連発が続いていた4人時代のDA PUMPの中でも、ラテンテイストでメンバー4人の声質をうまく引き立てた、隠れた名曲枠の代表でした。
じつは2001年第52回NHK紅白歌合戦でDA PUMPが歌唱した楽曲はこの「CORAZON」で、紅白5年連続出場の中でも特に印象的なステージとして当時のファンの記憶に残っています。
オリコンチャートの上位こそ「if…」「We can’t stop the music」あたりに譲るものの、ファンの間ではいまも「CORAZONが一番好き」という声が根強く残っているシングルです。
DA PUMPの元メンバー脱退理由は?SHINOBU・YUKINARI・KEN解散危機の連鎖
2002年あたりから、DA PUMPは長い停滞期に入っていきます。
4人時代の楽曲のクオリティに対してCDセールスが伸び悩み、メンバー個々の方向性の違いが少しずつ表面化していきました。
そして2006年、長年のグループ内部のひずみが、最初の脱退として現れます。
> 2006年4月7日:SHINOBU脱退
> 2005年の飲酒運転事故による謹慎を経ての正式脱退
> 「自分のダンス表現の限界」「DA PUMP内での温度差」「沖縄音楽を表現したい」を理由に
>
> 2008年12月18日:YUKINARI脱退
> ライブリハーサル中のISSA右足骨折と相次ぐトラブルの中、グループからの離脱を発表
>
> 2009年:KEN脱退
> ISSAとの音楽性・グループの方向性の違いが理由として明らかに
SHINOBU・YUKINARI・KENの3人が連続して脱退した結果、2009年の時点でDA PUMPはISSA1人体制という、解散直前と言っていい状況にまで追い込まれました。
正式に解散発表されたわけではないものの、ファンの間では「もう実質的に解散だろう」という空気が流れていた、停滞期間の長さが何よりつらい時期でした。
ISSAは1人になっても「DA PUMPの名前を絶対に消さない」と決めて、新メンバーオーディションを実施。
その後TOMO・U-YEAH・KIMI・KENZO・DAICHIら新メンバーを順次加入させ、現在の7人体制に再編成していきました。
ところで、振付担当だったKENの脱退は、w-inds.のデビュー時の振り付けを担当していた人物がいなくなる、ということでもありました。
DA PUMPとw-inds.という「同じ事務所の先輩後輩」の構図が大きく揺らいだ、平成ダンスボーカルグループ史の節目の瞬間でもあったと、いま振り返って思います。
DA PUMPの現在は?U.S.A.再ブレイクと初期メンバーコラボwiki
長い停滞期を経て、DA PUMPはまさかの形で再ブレイクします。
2018年6月6日にリリースされた「U.S.A.」が、YouTubeのMV再生回数1億8千万回を超える社会現象となり、DA PUMPは見事に表舞台へカムバックしました。
2026年5月現在、DA PUMPは7人体制(ISSA・TOMO・YORI・U-YEAH・KIMI・KENZO・DAICHI)でツアーやテレビ出演を継続しています。
2026年4月8日には39thシングル「超超超!SUPER HAPPY feat. m.c.A・T」をリリースし、1995年のm.c.A・T「SUPER HAPPY」を約30年の時を経てリメイク&カバーする企画を実現しました。
そして近年特に話題になっているのが、初期メンバーとのコラボレーションです。
SHINOBU・YUKINARI・KENを含む元メンバーと現メンバーが共演するイベントがあり、「青春蘇る」「涙涙すぎる」とSNSが沸騰している様子が報じられています。
現在のDA PUMPの詳細な活動・ツアー情報・各メンバーの最新動向については、専門に追っているファンサイトや公式情報のほうが情報量も鮮度も上ですので、そちらをご参照ください。
わたしのこの記事はあくまで「if…」「CORAZON」の4人時代を懐かしむ世代に向けた、平成ダンスボーカル史の振り返りメインで書きました。
わたしが中学生の頃に意味を勘違いして覚えていた「メランコリコトリステコラソン」が、実はスペイン語で「憂鬱で悲しい心」だったと20年以上経って知り、そして当時のDA PUMP4人がそれぞれ別の道を歩いた今を振り返って、なんともいえない感慨に包まれているのが、いまの自分の正直な気持ちです。
ISSAの「DA PUMPの名前を消さない」という意地が、U.S.A.再ブレイクとして実を結んだ平成ダンスボーカル史の象徴として、DA PUMPの4人時代の音源は、これからもわたしのプレイリストに残り続けると思います。


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