テゴマスの不仲は本当?手越祐也と増田貴久のミソスープと現在

わたしはみそ汁を作るときに、いつも頭の中で「ミソスープ~、つーくーるからー」というフレーズが流れてしまいます。
2006年の冬にデビューしたテゴマスというヴォーカルユニットが、いまでもわたしの台所に住みついている証拠です。
手越祐也と増田貴久。NEWSの中でも歌唱力が突出していた二人が組んだユニットは、ジャニーズ事務所として初の海外(スウェーデン)先行デビューという異例の出発をしています。
2020年に手越がジャニーズ事務所を退所したことで、テゴマスとしての活動は事実上終了しました。
それから6年がたった2026年、二人はまったく違う場所で、まったく違う光を放ちながら活動を続けています。

テゴマスのユニット名の由来は?手越祐也と増田貴久が結成したNEWS派生ユニット

テゴマスは、ジャニーズ事務所のグループNEWSのメンバーである手越祐也と増田貴久によって、2006年に結成されたヴォーカルユニットです。
ユニット名の由来は単純で、「手越(テゴシ)」と「増田(マスダ)」のそれぞれ最初の2文字を取って「テゴマス(Tegomass)」と名付けられました。
(出典:Wikipedia「テゴマス」項目・2026年5月確認)

正式デビューは2006年11月15日のスウェーデンで、シングル「Miso Soup」を発売しています。
旧ジャニーズ事務所の所属アーティストが海外で先行デビューすること自体が当時としては異例で、スウェーデンというどこか北欧の冷たい国の名前と、ぬくもりのある「ミソスープ」というタイトルの組み合わせが、強烈な印象を残しました。

NEWSの中でも歌唱力に定評のあった二人を組み合わせて、本格的なヴォーカルユニットとして売り出すという戦略は、ジャニーズ事務所としても踏み込んだ挑戦でした。
ダンスや演技ではなく「歌」を軸に成立させるユニット。
それがテゴマスの根本にあったコンセプトです。

わたしはテゴマスというユニット名を、初めて口に出したとき「テゴマスってリズムが心地いいな」と思ったのを覚えています。
ジャニーズの伝統的なグループ名と比べると、ややカジュアルでポップな響きで、二人組ヴォーカルユニットというサイズ感とよく合っていました。
名前の作り方ひとつにも、ユニットの方向性が透けて見えていた気がします。

テゴマスのミソスープはどんな曲?お母さんを思い出すデビュー曲の歌詞

テゴマスのデビューシングル「ミソスープ」は、2006年11月15日にスウェーデンで「Miso Soup」として、2006年12月20日に日本で「ミソスープ」として発売されました。
日本盤はオリコン週間シングルチャート1位を獲得し、ジャニーズの新ユニットとしては鮮烈なスタートを切っています。
(出典:Wikipedia「ミソスープ (曲)」項目・2026年5月確認)

歌詞の内容は、上京して都会で一人暮らしを始めた人物が、故郷の母親と母の作ってくれた味噌汁を懐かしむというものです。
バイトに明け暮れて、コンビニ飯にも慣れて、一人暮らし自体には適応したはずなのに、ふとしたときに「あの味噌汁が飲みたい」と思ってしまう。
味噌汁という日本人の生活の真ん中にある料理を、母親の優しさの象徴として置いた歌詞は、世代を問わず刺さる仕掛けになっています。
(出典:歌ネット「テゴマス ミソスープ 歌詞」・2026年5月確認)

わたしはこの曲が大好きで、自分で味噌汁を作るときに、いまでも「ミソスープ~、つーくーるからー」という冒頭のフレーズを口ずさんでしまいます。
歌詞の中身は「お母さんありがとう」という素直な感謝のメッセージなのですが、それを真正面から言わずに「味噌汁」という日常の道具に重ねて歌ってくる構造が秀逸でした。
直接「ありがとう」と言われるより、味噌汁の話を通して言われたほうが、ずっと深く沁みる。

しかも、それを手越祐也と増田貴久という顔がかっこいい二人が、伸びやかなハーモニーで歌う。
ルックスがあって、歌唱力があって、その上で歌詞の世界観に説得力がある。
これだけ揃った楽曲が、20年近くたったいまも、わたしの台所で再生され続けている理由です。

テゴマスの代表曲は?「キッス」「アイアイ傘」「七夕祭り」がシングルチャートで残した足跡

テゴマスの代表曲は、デビュー曲「ミソスープ」だけではありません。
2007年5月16日に「キッス〜帰り道のラブソング〜」、2008年6月18日に「アイアイ傘」、2009年7月8日に「七夕祭り」と、デビュー以降ほぼ毎年のペースで強い楽曲をリリースしました。
(出典:Wikipedia「キッス〜帰り道のラブソング〜」「アイアイ傘」「七夕祭り (曲)」各項目・2026年5月確認)

シングル4作の成績で見ると、ミソスープ・アイアイ傘・七夕祭りの3作がオリコン週間チャート1位を獲得しています。
「キッス〜帰り道のラブソング〜」は同日発売の桑田佳祐「明日晴れるかな」に阻まれて1位を逃しましたが、初動売上ではデビュー曲を上回るという、楽曲としては前進の結果でした。
4作中3作で1位という結果は、ジャニーズの派生ヴォーカルユニットとしては破格の数字です。

「キッス〜帰り道のラブソング〜」はアニメ『ラブ★コン』のエンディングテーマでした。
アコースティック・ギターの優しいイントロからハーモニーが立ち上がる、青春期の胸キュンを完璧にすくい取ったバラードです。
「アイアイ傘」はアニメ『ネオ アンジェリーク Abyss』のエンディングテーマで、雨の日の傘の中で交わされる恋の駆け引きを、二人のハモリで丁寧になぞった一曲でした。

「七夕祭り」は7月7日の七夕という季節モチーフをそのままタイトルにした、夏の風物詩楽曲です。
初週8.0万枚を売り上げて2009年7月20日付オリコン週間1位を獲得しました。
さらにテゴマスはライブツアーも4回開催しており、1stライブ(2009年)からファイナルとなった4thライブ「テゴマスの青春」(2014年・7都市17公演)まで、ヴォーカルユニットとしては異例のツアー実績を残しています。
(出典:Wikipedia「テゴマス」単独コンサート項目・2026年5月確認)

わたしはテゴマスの楽曲に共通しているのは「日常の道具」を主役にする構造だと思っています。
味噌汁、傘、七夕、帰り道。
派手なラブストーリーではなく、誰の生活にもある小さな道具を歌の中央に置いて、その周りに二人の声を巻きつけていく。
だから古びにくいし、季節が来るたびに引っ張り出して聴きたくなるのです。

テゴマスは不仲だった?増田貴久が「苦手」と公言した本当の二人の関係

テゴマスを語るときに、ファンの間で長く話題になってきたのが「不仲説」です。
2014年2月のライブツアー「4thライブ テゴマスの青春」を最後に、ユニットとしての本格的な活動は止まっており、新曲リリースもライブも開かれていません。
活動の停滞そのものが「二人は仲が悪いのでは」という憶測を呼んできました。
(出典:Wikipedia「テゴマス」項目・2026年5月確認)

決定打になったとされる場面が、2019年7月14日放送の日本テレビ系『おしゃれイズム』。
ゲスト出演した増田貴久が「苦手な人」として手越祐也の名前を挙げる、という発言をしています。
バラエティの文脈での発言ではあったものの、「相方を苦手と言う」という事実そのものが切り抜かれて拡散しました。

ただ、手越祐也の側からは「仲はめちゃくちゃいい。仲めちゃくちゃいいからこそ言い合うのよ」というコメントが残されています。
「仲が良いからこそお互い遠慮なく言える、それがホントの友情」とも語っており、増田の「苦手」発言と手越の「仲良い」発言を併せて読むと、二人の関係は「不仲」より「言い合えるパートナー」という言葉が近いように見えてきます。
(出典:個人ブログ「テゴマスの不仲説は本当?」記事・2026年5月確認)

わたしはこの構造を、兄弟や同期の関係に近いと感じています。
他人なら絶対に言わないことを言える相手というのは、むしろ深く信頼している証拠で、表面的な「仲良し」より厄介で愛おしい関係です。
増田が手越のことを「苦手」と公の場で言えるのは、そのくらい遠慮のない関係性ができている裏返しでもあります。
ヴォーカルユニットとして10年以上ハーモニーを重ねてきた二人だからこそ、「苦手」という言葉も別の意味を持つのです。

テゴマスの今は?手越祐也のXY加入と増田貴久のZOZOブランドが歩む別々の道

テゴマスとしての活動は、2020年6月19日に手越祐也がジャニーズ事務所との専属契約を合意解除したことで、事実上の終了を迎えました。
正式な解散発表はなく、レギュラーラジオ番組「テゴマスのらじお」は「ますますらじお」に改題して増田貴久の単独番組として継続しています。
(出典:Wikipedia「テゴマス」項目・2026年5月確認)

手越祐也は退所後、ソロアーティストとして活動を始め、自身のYouTubeチャンネル運営や音楽活動を中心に展開してきました。
2024年10月には日本テレビ系『世界の果てまでイッテQ!』に復帰し、復帰回はTVer配信で歴代最高記録を更新する反響を呼んでいます。
同月25日にはYOSHIKIプロデュースの13人組ボーイズ・バンド「XY」に新メンバーとして加入を発表しました。
さらにXY内の派生バンド「T.N.T(The Next Trigger)」のボーカルとしても活動し、現時点ではT.N.TがYOSHIKIから独立する形で動き続けています。
2025年5月にはベストアルバム「手越祐也 SINGLES BEST」をリリースし、同年9月までは全国ツアー「LIVE TOUR 2025 NEVER END」を開催しました。
(出典:音楽ナタリー「YOSHIKIプロデュースXYに手越祐也加入」記事・2026年5月確認)

一方の増田貴久は、NEWSのメンバーとしてグループ活動を続けながら、個人としての活動領域を大きく広げています。
日本テレビ『ぐるぐるナインティナイン』のレギュラー、bayfm『増田貴久 MASTER HITS』など、テレビ・ラジオの定位置を持ち、グループの衣装プロデュースも手掛けてきました。
2026年4月8日には2ndソロアルバム『増田貴久のカバー』をリリース。
そして2026年3月24日には、自身初となるファッションブランド「TAKAHISA MASUDA × ZOZOTOWN」のプロジェクト始動が発表されています。
販売開始は2026年5月29日(金)13時、ZOZOTOWN限定で約15型のラインナップを展開する予定です。
(出典:株式会社ZOZO公式リリース・FASHIONSNAP・2026年5月確認)

手越祐也がロックバンドのフロントとして「鳴らす」道を、増田貴久がファッションブランドを「立ち上げる」道を歩んでいる。
ヴォーカルユニットの相方同士が、まったく違う出口に向かって走っている2026年の景色は、テゴマスの過去を知っている人間にとって少し不思議で、それでいて納得感のある分岐に見えます。

テゴマスのミソスープが愛され続ける理由は?手越祐也と増田貴久が残したハーモニーの価値

テゴマスは2006年から2014年までの実質8年間という、決して長くはない期間で活動を一段落させたヴォーカルユニットです。
それでも「ミソスープ」「キッス〜帰り道のラブソング〜」「アイアイ傘」「七夕祭り」という4作の楽曲は、リリースから20年が近づくいまでも、わたしのような聴き手の生活の中で流れ続けています。

味噌汁を作るときに「ミソスープ~、つーくーるからー」と口ずさんでしまう。
七夕の時期になると「七夕祭り」のイントロが脳内に流れてくる。
雨の日に「アイアイ傘」を思い出す。
日常の道具に楽曲を結びつけたテゴマスの作詞・作曲のセンスは、二人の歌の上手さと組み合わさって、長期保存に向く曲だけを残してくれました。

手越祐也と増田貴久は、テゴマスとしては別々の道を歩んでいますが、それぞれが現役のステージで活動を続けています。
ヴォーカルユニットとしてのテゴマスがふたたび本格再始動するのか、それともそれぞれの道で独自に進化していくのか、2026年現在その答えはまだ見えていません。
ただ、二人のハーモニーが残した楽曲は、これからも誰かの台所や、誰かの傘の中や、誰かの七夕の夜に、静かに流れ続けるはずです。

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