ヨルシカのメンバーは?n-bunaとsuisの顔出しと代表曲とは?

ヨルシカという名前を音楽番組のテロップで初めて見たとき、わたしはとっさに「夜のしかかな?」と読んでしまった記憶があります。
顔も本名も出さない2人組という時点で当時すでに尖っていて、しかも曲を聴いたら歌詞が小説のように設計されていて、いよいよ正体不明の楽曲集団という印象でした。
2017年の結成から数えてもう7年、2024年になってもn-bunaとsuisの2人組という形を崩さずに走り続けているのは、よく考えるとかなりレアなバンドの在り方です。

ヨルシカのメンバーは?n-bunaとsuisの2人組と顔出ししない理由とは?

ヨルシカはコンポーザーのn-buna(ナブナ)とボーカルのsuis(スイ)の2人組ロックバンドです。
2017年にn-bunaが楽曲制作を主導する形で結成し、suisを迎えて活動をスタートさせました。
n-bunaは作詞・作曲・編曲のすべてを手がけ、一部の楽曲ではボーカルも担当しています。
suisはほぼすべての楽曲でリードボーカルとコーラスを務めており、ヨルシカの「声」を一手に引き受けている存在です。

メンバーは2人だけで、ライブを除けばこの構成を一切変えていません。
ヨルシカでは2人とも顔出しをせず、本名も公開していません。
これは「作者が作品より前に出ないようにしたい」というn-bunaのコンセプトに基づくもので、メンバー個人の人格ではなく作品そのものを聴き手に届けたいという方針が貫かれています。
(出典:Wikipedia「ヨルシカ」項目・ヨルシカ公式サイト・2024年3月確認)

「ヨルシカ」というバンド名は、n-bunaの楽曲「雲と幽霊」の歌詞の一部分から取られています。
バンドのロゴマークは月と月が向かい合うデザインで、時計の針にも見える形になっており、「6時から夜にかけての時間帯」という意味が込められています。
名前ひとつ取っても、自分たちの楽曲世界とリンクする形で設計されているのがヨルシカらしい。

なお、顔出しをしないバンドにありがちな「メンバー死亡説」のような噂が一時期ネット上に流れたこともありますが、2人とも健在で、2024年も精力的に新曲を発表し続けています。
わたしは2017年頃に最初にヨルシカを知ったとき、「顔も名前も出さないって言われると逆に気になっちゃうやつだ笑」と思ってMVを掘り始めた記憶があります。
ある意味で、顔出しをしないこと自体がプロモーションの一部として効いている、稀有なバンドです。

ヨルシカの代表曲は?「だから僕は音楽を辞めた」「花に亡霊」「春泥棒」とは?

ヨルシカの代表曲はいくつもありますが、特に再生数とリスナー層の広がりという意味で外せないのが「だから僕は音楽を辞めた」「花に亡霊」「春泥棒」の3曲です。

「だから僕は音楽を辞めた」は2019年4月にリリースされた同名アルバムの表題曲で、n-bunaが音楽活動を続けるなかで感じた葛藤や苦悩を、登場人物「エイミー」の視点に乗せて描いた1曲です。
YouTubeでのMV再生回数は1億回を大きく超えており、ヨルシカを語るうえでの代名詞的な楽曲として定着しています。
タイトルが強烈で、聴く前と聴いた後で印象が一変するタイプの曲です。

「花に亡霊」は2020年6月配信のシングルで、アニメ映画「泣きたい私は猫をかぶる」の主題歌に起用されました。
(出典:Wikipedia「ヨルシカ」項目・2024年3月確認)
suisの透明感のある歌声と、ピアノ主体のアレンジが組み合わさって、ヨルシカの楽曲のなかでも特に「弾き語り適性」が高い1曲として知られています。
カバー動画もよく見かけるタイプの曲で、世代を超えて広がっていったのを覚えています。

「春泥棒」は2021年4月配信のシングルで、桜が散る瞬間を1本の長回しのMVで表現した映像が話題になりました。
歌詞は「桜の花が散っていく時間 = 限りある人生の時間」というメタファーで構成されており、結婚式の動画やCM曲としても多用されてきた1曲です。
わたし個人の感覚としても、春泥棒はヨルシカの楽曲のなかで最も「物語性が短時間で完結している」曲だと思っていて、初めて聴いたときに「3分半でこんなに泣ける曲を作るのはずるい笑」と感じた記憶があります。

ほかにも「ただ君に晴れ」「夜行」「ノーチラス」「言って。」「靴の花火」など、再生回数1000万〜数千万を超える楽曲が多数あります。
1曲あたりの完成度が高く、アルバム単位でも明確なコンセプトを持って組み立てられているのがヨルシカ流です。

ヨルシカの「晴る」の背景は?葬送のフリーレン第2クールOPとは?

ヨルシカが2024年に放った大きな1発が、テレビアニメ「葬送のフリーレン」第2クールのオープニングテーマ「晴る」です。
2024年1月5日にデジタルシングルとしてリリースされました。
(出典:lisani「ヨルシカ最新曲、TVアニメ『葬送のフリーレン』OPテーマ「晴る」MVを公開!」・2024年3月確認)

「晴る」は和的なメロディと疾走感のあるバンドサウンドが融合したナンバーで、フリーレンの世界観と見事に調和したオープニング映像とあわせて、放送開始直後から大きな話題になりました。
わたしはフリーレン本編をリアタイで追っていた組ですが、2クール目のOP映像が始まった瞬間に「これはヨルシカが歌ってる、間違いなく」と一発でわかった記憶があります。
n-bunaの作曲・suisの歌唱・ヨルシカ独特のメロディラインが、それくらい個性として確立されているということでもあります。

タイアップを通じて聴き手の世代を入れ替えながら、楽曲の持つ普遍性で支持を維持していく動き方は、2人組という小さな単位だからこそ機動力高く回せている印象です。

ヨルシカのアルバムは?「だから僕は音楽を辞めた」「エルマ」「盗作」「幻燈」とは?

ヨルシカのアルバムは、毎作明確なコンセプトを持って作られているのが特徴です。

2019年4月のアルバム「だから僕は音楽を辞めた」は、登場人物「エイミー」が音楽を辞める決意に至るまでを書簡形式で描いたコンセプト作品でした。
続く2019年8月のアルバム「エルマ」は、エイミーの恋人である「エルマ」の視点で同じ物語をもう一度描き直すという、二面性のある構成になっています。
2枚のアルバムが補完しあって1つの物語を成立させる、というアルバム制作のスケールがこの時点で異常です。

2020年7月のアルバム「盗作」は、「音楽の盗作家」を主人公にしたコンセプト作品で、文学的なテーマをより深掘りした内容でした。
2022年9月のアルバム「幻燈」は画集と楽曲をリンクさせた作品で、ヨルシカが「アルバム=小説/画集と一体の作品体験」という路線を確立した1枚です。

n-bunaは「アルバムを作ること自体が小説を書くことに近い」という発言を各所でしており、ヨルシカのアルバムは1枚ごとに独立した物語として成立しています。
わたしは「だから僕は音楽を辞めた」と「エルマ」をセットで聴いたときに、「2枚で1つの作品ってこういうことか」と当時かなり衝撃を受けた記憶があります。

ヨルシカの今後は?文学と音楽の融合路線の魅力とは?

ヨルシカは2017年結成からまもなく7年、2024年現在もコンセプトアルバムの精度を上げながら走り続けています。
楽曲数も100曲を優に超え、書籍とのコラボや画集との連動など、音楽の枠を超えた表現にも踏み込んでいる稀有なバンドです。

顔出しをしない方針はライブにも貫かれており、suisがマイクの前で歌う姿はライブでも限定的にしか見せず、楽曲・映像・照明が主役になる構成が取られています。
作者が作品の前に出ないという方針が、結果としてリスナーが楽曲そのものに集中できる環境を作っているわけです。

わたしは初めて「だから僕は音楽を辞めた」のMVを観たときの衝撃を、いまでもはっきり覚えていて、当時31歳で「ここから新しい才能が出てくる音楽シーンってまだ生きてるな」と感じた記憶があります。
顔も名前も出さない2人組が、文学と音楽の境界線をうろうろしながら作品を作り続けている──ヨルシカという存在は、いまの日本のロックバンドのひとつの最先端の形だと、改めて思います。

※あわせて読みたい:ヨルシカは活動休止?n-bunaとsuisの本名や年齢wiki

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