175R(イナゴライダー)のメンバーは?現在の活動と代表曲wiki

「ハッピーライフ」「空に唄えば」「メロディー」のサビが、いまだに頭の中で勝手に再生される方は多いはずです。
175R(イナゴライダー)は2000年代の青春パンクを代表するバンドで、2026年5月時点でちゃんと現役で動き続けています。
わたしも中学・高校時代にカラオケで何度も合唱していた身として、改めて現在地を調べたら勝手に嬉しくなりました。
名前の由来、メンバー、活動休止と再結成、代表曲、SHOGOのセブ島在住まで全部拾っていきますね。

175R(イナゴライダー)の名前の由来は?北九州出身バンドの結成秘話

175Rの読み方は「イナゴライダー」です。
「175」を語呂合わせで「イナゴ」と読み、「R」を「ライダー」と読ませる、青春パンクど真ん中のネーミング。
「イナゴ」は日本語の蝗(バッタ)を指し、「ライダー」は石森プロの仮面ライダーシリーズへのオマージュになっています。

つまり「バッタが変身する仮面ライダー」という特撮ヒーローの構造を、バンド名にまるごと拝借した形なんですよね。
2000年前後の青春パンクシーンには、自虐とユーモアが混ざった命名が多かった時期で、175Rもその空気を象徴する名前のひとつでした。
(出典:Wikipedia「175R」項目・2026年5月確認)

出身は福岡県北九州市、結成は1998年
路上ライブを北九州で地道に積み上げ、関西、そして全国へとライブ活動を広げていったバンドです。
青春パンクの中でもメロディーセンスとシンガロング性で頭ひとつ抜けた存在で、関西のシーンを通り越して一気に全国区まで駆け上がっていきました。

わたしは「イナゴライダー」という読み方を、当時のラジオで初めて知って、思わず吹き出した記憶があります。
仮面ライダーをそのまま茶化したような名前なのに、楽曲はどれも本気で青春を歌い切っていて、その温度差が175Rらしさだなと。名前のおバカさと楽曲の真っすぐさのコントラストが、結果として強いブランドになっていた稀有なバンドです。

175Rのメンバーは?KAZYA脱退後の3人体制の今

175Rは結成時、4人体制で活動を開始しました。

SHOGO(しょーご):ボーカル・作詞作曲。
KAZYA(かずや):ギター(2017年脱退)。
ISAKICK(いさきっく):ベース。
YOSHIAKI(よしあき):ドラムス。

2017年4月15日、大阪・大阪城音楽堂でのワンマンライブをもってギターのKAZYAが脱退。
2026年現在はSHOGO・ISAKICK・YOSHIAKIの3人体制で、ボーカル・ベース・ドラムスというシンプルな3ピース編成で活動を続けています。

ボーカルのSHOGOは、175Rの楽曲のほぼすべてで作詞・作曲を手がけているソングライターで、バンドの顔。
甘く伸びる高音と、サビで一気に張り上げるシャウトの両方を備えたボーカルスタイルで、175Rの楽曲群はSHOGOの声と書く言葉を軸に組み立てられています。
ベースのISAKICKは結成期からの在籍メンバーで、跳ねるベースラインで楽曲のグルーヴを支えてきました。
ドラムスのYOSHIAKIも結成期から在籍し続けるドラマーで、推進力のある力強いドラミングが175R特有の疾走感を物理的に成立させています。
(出典:オリコン「175Rのメンバー、プロフィール」/WEBザテレビジョン「175R(いなごらいだー)のプロフィール」・2026年5月確認)

ギターのKAZYAは、活動休止期間中に九州へ拠点を移していたため、活動再開後の生活との両立が難しくなったことを理由に、19年間在籍したバンドを2017年に離れる選択をしました。
脱退後のKAZYAは北九州を拠点に、FMラジオのパーソナリティ活動や、藤田大吾と組んだ2人組ユニット「DrunK!」での音楽活動を継続中です。
バンドを離れた後も音楽の現場に残り続けている事実は、175Rファンとして素直に嬉しい話でした。
(出典:BARKS「175R、ギターのKAZYAが脱退『19年間本当にありがとうございました』」・2026年5月確認)

わたしは中学生のころ、175RのDVDで4人時代のスタジオ風景を見て、SHOGO以外の3人が驚くほど物静かだったのを覚えています。ステージ上では爆発するのに、それ以外の場ではスッと静まり返るあのバランス感覚が、長く続くバンドの内側の空気だったんだなと、いま振り返ると腑に落ちます。

175Rは解散した?活動休止から再結成までの経緯

検索でよく出てくる「175R 解散」というキーワードですが、ここはハッキリ書いておきます。
175Rは解散していません

2010年9月に活動休止を発表し、同年12月30日の幕張メッセ公演をもって一度ステージから降りました。
そこから2016年12月、「骸骨祭り」というイベントへの出演をもって活動再開を正式にアナウンスしています。

活動休止の理由は明確に一つに絞られているわけではありませんが、当時のSHOGOは精神的にも身体的にも相当消耗した状態だったと、のちのインタビューで語っています。
「止まってから動き出すまでの6年間」というSHOGO自身の言葉に集約される通り、休止期間はバンドにとっても本人にとっても自分を再構築する時間でした。
(出典:SPICE「175R活動再開記念インタビュー! SHOGOがすべて語る『止まってから動き出すまでの6年間』」・2026年5月確認)

2018年には結成20周年を記念したベストアルバム『ANNIVERSARY 1998-2018』をリリースし、ファンへの正式な「ただいま」を音源として残しました。
復活後はかつてのワンマンツアー全盛期のような物量こそないものの、フェスやイベントを中心に着実にステージに立ち続けています。

わたしは活動休止のニュースを聞いたとき、正直「もう戻ってこないだろうな」と思っていました。
だからこそ2016年の活動再開アナウンスには素直に驚いて、ベストアルバムが出たときには「あの頃の青春が今もちゃんと続いている」と勝手にしみじみしてしまった記憶があります。失われたと思っていた日々が、まだ更新され続けているという感覚は結構レアなんですよね。

175Rの代表曲は?「空に唄えば」「メロディー」誕生の背景

175Rの代表曲として、世代を問わず広く名前が挙がるのが「ハッピーライフ」「空に唄えば」「メロディー」の3曲です。
いずれも2003年から2005年にかけてリリースされ、175Rの黄金期を作った楽曲群になります。

「ハッピーライフ」は2003年1月16日リリースのメジャーデビューシングル
「空に唄えば」は同年4月16日リリースの2ndシングルで、デビューから2作連続でオリコンチャート1位を獲得しました。
日本のロックバンド史において、メジャーデビューから2作連続で1位を獲ったのは175Rが初とされていて、当時のシーンに与えたインパクトの大きさがわかる記録です。
(出典:Wikipedia「空に唄えば」項目・2026年5月確認)

「メロディー」は2005年9月7日リリースのシングルで、ニンテンドーDSのリズムゲーム「燃える!熱血リズム魂 押忍!闘え!応援団」の収録曲として採用されました。
ゲーム内のほとんどがカバー音源で収録されている中、「メロディー」だけは175R本人音源がそのまま使われていて、ここから175Rに入った世代が2005年あたりに大量発生していたんですよね。

わたしが個人的にいちばん思い入れがあるのは「空に唄えば」
中学校の体育祭の入場曲に勝手に使った記憶があり(先生に怒られました…笑)、サビで一気に視界が開けるあの瞬間に、全員が空を見上げるような気分になる名曲。
青春パンクが「単なる時代のジャンル」ではなく、「個人の記憶を縛る音楽」として残っていく強さを、175Rの代表曲群は今でも証明し続けています。

175Rの現在は?SHOGOのフィリピン在住とライブの今wiki

175Rは2026年5月現在も活動を続けているバンドです。
フロントマンのSHOGOは2018年からフィリピン・セブ島に在住しており、日本とフィリピンを往復しながら音楽活動・ソロ活動を継続しています。
公式サイト(175r.com)は2025年3月にリニューアルされ、ブログも2026年4月時点まで更新が続いている現役のバンドです。

2026年のライブ予定としては、5月30日に台湾で開催される「赤声躁動 CARNIVAL FEVER 2026」、7月5日の「8フェス」、7月19日の「MasterPeace 2026 OKINAWA MUSIC & ART FESTIVAL」など、複数のフェス出演がアナウンスされています。
台湾のフェスにも呼ばれているという点で、青春パンクが日本国内のノスタルジー消費だけにとどまらず、アジア圏のロックシーンにまで届いている事実が見えてきます。
(出典:175R Official Site/SHOGO公式X・2026年5月確認)

SHOGOはソロ活動でも、ファーストソロアルバム『大きな愛の木の下で』をリリースし、初の全国ソロツアーを敢行。
175Rとしての活動と、SHOGO個人としての活動が並走するスタイルで、セブ島という拠点の選び方も含めて、ロックバンドのフロントマンとしての生き方を更新し続けている人なんですよね。

わたしは175Rが「解散していない」ことを今回改めて確認できたこと自体、何だか勝手に嬉しい気持ちになりました。「ハッピーライフ」「空に唄えば」「メロディー」が今も鳴り続け、SHOGOがセブ島から日本に戻ってきてはステージに立っている。175R(イナゴライダー)は、青春パンクという時代のラベルを、現在進行形のバンドのまま生き続けている、貴重な存在ですね。

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