YUIの現在は?CHE.R.RYから双子4児の母までwiki

YUIという名前を聞いて、思い浮かぶのは「CHE.R.RY」のあのイントロ、もしくは映画『タイヨウのうた』のギター1本のYUIではないでしょうか。
わたしはYUIとほぼ同い年(1986年生まれ)で、20歳前後のあの時期にCHE.R.RYと「Rolling star」「Again」を全部リアルタイムで浴びていた世代として、彼女の存在は当時の生活音そのものでした。
今日はその「YUIは今なにしてる?」を、本名・代表曲・CHE.R.RYのヒット秘話・FLOWER FLOWER・結婚と双子と4児の母としての現在まで、いま日本語でわかる範囲で全部整理しておきます。

YUIの始まりは?肺炎の余命宣告と2005年デビューのきっかけ

YUI(本名非公表)は、1987年3月26日生まれ、福岡県古賀市出身のシンガーソングライターです。
2026年5月現在は39歳、身長155cm・血液型AB型・スターダストプロモーション所属の現役シンガーで、ソロ「YUI」名義とロックバンドFLOWER FLOWERの「yui」名義を両輪で動かしています。
(出典:Wikipedia「YUI(歌手)」項目・ソニーミュージック公式プロフィール・2026年5月確認)

YUIの音楽人生のスタートには、いまでは半ば伝説になっている「肺炎の余命宣告」というエピソードがあります。
高校生のとき、学費を自分で払うために寝る時間を削ってアルバイトを掛け持ちしていたところ、無理がたたって体調を崩し、病院で当初「肺がんで余命1年」と診断されたという話です。
のちの再検査で実際は肺炎の誤診だったことが判明するのですが、その「余命1年」を信じた高校生YUIが「どうせならやりたいことをやり切ろう」とオーディションに応募したのが、音楽キャリアの始まりだった、という流れになっています。
(出典:ROCK NOTE「YUIの現在の旦那と双子の子供。離婚理由と3人目。肺癌と余命宣告の噂」・arty「YUI(歌手)の病気はパニック障害と肺がん」・2026年5月確認)

そこから2004年、ソニーミュージック主催のオーディション「SD Audition」でグランプリを受賞し、2005年2月23日に1stシングル「feel my soul」でメジャーデビューを果たします。
当時のYUIは17歳、福岡から上京したばかりの少女でした。
「feel my soul」はTBS系ドラマ『黒革の手帖』の主題歌に抜擢され、まだまだ無名の17歳に対して、いきなり全国放送のドラマ主題歌を背負わせる、というすごい売り出し方でした。

わたしはYUIとほぼ同い年なので、デビュー当時の17歳という年齢が、当時のわたしには「自分と同い年の子がここから始まっていく」というインパクトでした。
ギター1本で歌う細身の女の子、というイメージは、今も日本のシンガーソングライター像の1つのテンプレを作った人だと思っています。

YUIの代表曲は?『タイヨウのうた』と『BLEACH』のヒット秘話

YUIの代表曲を1曲だけ挙げるのは難しいくらい、2006〜2009年あたりはタイアップでヒットを連発しています。
特に大きいのは、映画『タイヨウのうた』主題歌「Good-bye days」、アニメ『BLEACH』第5代OP「Rolling star」、アニメ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』第1クールOP「Again」の3本です。
(出典:Wikipedia「YUI(歌手)」項目・「Good-bye Days」「Rolling Star」項目・2026年5月確認)

まず2006年6月14日リリースの5thシングル「Good-bye days」は、同年7月公開の映画『タイヨウのうた』主題歌で、YUI本人が主演(雨音薫役)も務めるという、楽曲と映画が完全に一体化した1曲でした。
シングルは「YUI for 雨音薫」名義での発売で、オリコン週間2位、200万ダウンロード超えの大ヒットを記録します。
映画自体も、紫外線アレルギーで日中に外に出られない少女が音楽に出会う物語で、ギターを抱えるYUIの姿がそのまま劇中のアイコンになりました。
わたしは映画館で観たクチで、エンドロールで「Good-bye days」が流れた瞬間、隣の席のカップルが2人とも泣いていたのが今でも忘れられません。

続く2007年1月17日リリースの「Rolling star」は、アニメ『BLEACH』5代目OPテーマで、YUIの楽曲としては初めて「アニメ主題歌」のフックで世界に届いた1曲です。
BLEACH世代の海外リスナーがYUIを知るきっかけはほぼこの曲で、いまもYouTubeの海外コメント欄には「Rolling starで日本のロックを知った」という英語コメントが大量に並んでいます。
(出典:Bleach Wiki『Rolling Star』項目・2026年5月確認)

さらに2009年6月3日リリースの「Again」は、アニメ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』第1クールOPで、こちらもアニソンとして国内外で長く愛される代表曲となりました。
ハガレンの再アニメ化という大プロジェクトの第1クールを任されたという時点で、当時のYUIがアニメタイアップ案件において指名買いされるトップシンガーだったことがわかります。

「Good-bye days」が映画、「Rolling star」がBLEACH、「Again」がハガレン、というのは、平成のアニメ・映画ファンにとってはYUIを語る上の必修3点セットです。

YUIのCHE.R.RYのヒット秘話は?au LISMO CMとオリコン2位の背景

CHE.R.RY(チェリー)は、2007年3月7日にリリースされたYUIの8thシングルで、本人のキャリア最大級の代表曲です。
KDDI(au)の音楽配信サービス「LISMO!」の2007年春CMソングに採用され、YUI本人がCMにも出演したことで、テレビをつければCHE.R.RYが流れている、というレベルの露出量を作りました。
オリコン週間2位、着うたフル75万ダウンロード、デジタル配信総計100万ダウンロード超え(ミリオン)と、当時としては圧倒的な数字を叩き出します。
(出典:Wikipedia「CHE.R.RY」項目・オリコンプロフィール「yui」・2026年5月確認)

CHE.R.RYは、ケータイで好きな人にメールを送り合うときの「最初の1行をどう打つか」「返信が来るまでの時間がやけに長く感じる」みたいな、あの2000年代後半の青春のリアルがそのまま歌詞に落とされた1曲です。
今のスマホ世代がLINE既読を待つ感覚を、当時はガラケーのメール返信受信音を待っていた、という時代背景を、CHE.R.RYは全部音と詞で記録しています。

わたしは当時20歳前後、CHE.R.RYがLISMO CMで流れていた頃、ちょうど携帯がガラケーからスマホへ移行する直前のドコモかauかソフトバンクか、という時代で、auの「着うたフル」を初めて買った曲がCHE.R.RYでした。
当時の着うたフルが1曲400円くらいだった記憶があり、貧乏学生だったわたしには結構な出費でしたが、それでも買うほどには中毒性のあるイントロでした。

CHE.R.RY収録のアルバム『CAN’T BUY MY LOVE』(2007年4月)はオリコン週間1位、累計75万枚超えの大ヒットを記録し、YUIをCDセールスでも紛れもないトップアーティストに押し上げました。
2026年現在もカラオケのJ-POPランキングでCHE.R.RYは安定して入ってきますし、TikTok・ショート動画文化でも「青春の名曲」として再評価が止まらない楽曲です。

ちなみに2020年、FLOWER FLOWER名義のyuiが、CHE.R.RYや「Rolling star」を含むセルフカバー作品をFLOWER FLOWER流にリアレンジしてリリースする、というファン泣かせの企画もありました。
(出典:音楽ナタリー「YUIがセルフカバー作品発売、『CHE.R.RY』『Rolling star』などFLOWER FLOWERでリアレンジ」・2026年5月確認)

YUIの活動休止と復活の経緯は?FLOWER FLOWERから8年ぶり再始動

ソロYUIは、2012年12月31日をもって活動休止に入ります。
直前まで全国ツアー、紅白歌合戦、映画主題歌と最前線で走り続けていた中での休止発表で、当時のファンにとってはかなりの衝撃でした。
後年の本人発言によれば、休止前後の時期にパニック障害の診断も受けていたとされ、心身ともに一度立ち止まる必要があった時期だったとされています。
(出典:モデルプレス「yui結婚・妊娠を発表 2度の活動休止、パニック障害公表も」・2026年5月確認)

そして2013年4月2日、YUIは「ロックバンドFLOWER FLOWERのボーカル&ギタリストとして音楽活動を再開する」ことを発表しました。
名義は「YUI」を小文字の「yui」に変更し、メンバーは「yui(Vo・G)/mura☆jun(Key)/mafumafu(B)/sacchan(Dr)」というラインナップで、2013年5月から本格始動します。
(出典:FLOWER FLOWER official website・2026年5月確認)

FLOWER FLOWERは、ソロYUI時代のシンガーソングライター像から一歩ロック寄りに踏み込んだバンドで、yuiが「シンガー」ではなく「バンドの1人」として動くスタイルが特徴です。
配信限定シングルやアルバムを安定してリリースし、フェス出演、ライブハウスツアー、ファンクラブ運営など、ソロ時代とは違うレイヤーで2010年代の音楽シーンを生きてきたバンドです。

そして2020年11月13日、ついに「YUI」名義での活動が8年ぶりに再始動します。
SONYブラビアの企画番組「THE FIRST TAKE FES vol.2 supported by BRAVIA」にYUIとして出演し、「TOKYO」と「CHE.R.RY」を一発撮りで披露したのが、ソロ復活のサインでした。
(出典:YouTube「YUI – TOKYO , CHE.R.RY / THE FIRST TAKE FES vol.2」・2026年5月確認)

THE FIRST TAKE版のCHE.R.RYは、ソロYUI時代のスマホ前の青春の声が、FLOWER FLOWER経由で大人の女性に育って戻ってきた、という温度感で、配信開始直後からYouTubeのトレンドに上がりました。
2023年11月にはYUIの公式YouTubeで「TOKYO」「CHE.R.RY」のスタジオライブ映像が公開され、2024年5月15日リリースのトリビュートアルバム『YUI tribute』にも本人参加しています。
(出典:Wikipedia「YUI(歌手)」項目・2026年5月確認)

ソロYUIとFLOWER FLOWER yuiが両立する、というのは、活動休止から戻ってきたシンガーの中でも珍しい着地点で、いまの彼女の現在地は「2つの名義でリスナーと向き合い続けている」という1点に集約されている気がします。

YUIの結婚相手は?双子と4児の母としての現在wiki

YUIは2015年4月、建築関係の会社に勤める同年代の一般男性と結婚したことを公式に発表しました。
発表時点で妊娠していることもあわせて報告され、2015年8月9日に第1子・第2子となる一卵性双生児の男児を出産しています。
(出典:モデルプレス「yui結婚・妊娠を発表」・Wikipedia「YUI(歌手)」項目・2026年5月確認)

2016年10月には第3子となる男児の誕生も報告され、3兄弟のお母さんとして家庭中心の生活にシフトしていきます。
ところが2017年10月、価値観の不一致を理由に第1子男性との離婚を発表しました。
事実上の別居期間と話し合いを経ての離婚で、決定打となる事件があったわけではなく、長期間の関係調整の末の決断だったと報じられています。
(出典:ROCK NOTE「YUIの現在の旦那と双子の子供」・2026年5月確認)

そこから1年弱、2018年9月、YUIは30代のスポーツジム勤務のパーソナルトレーナーと再婚し、同時に妊娠5ヶ月であることを公表します。
2019年2月上旬、第4子となる女児を出産し、4児(男児3人+女児1人)の母となりました。
(出典:モデルプレス「yui、再婚へ 現在妊娠5カ月」・Wikipedia「YUI(歌手)」項目・2026年5月確認)

> 2015年4月:建築会社勤務の同年代男性と結婚・妊娠を発表
> 2015年8月:一卵性双生児の男児を出産(第1・第2子)
> 2016年10月:第3子男児を出産
> 2017年8月:第1子男性と離婚
> 2018年9月:パーソナルトレーナーと再婚・妊娠5ヶ月を発表
> 2019年2月:第4子女児を出産

過去にネット上で「YUI 肺がん 余命宣告」というキーワードが拡散したのは、デビュー前の高校時代の肺炎誤診エピソードがソースで、現在の健康状態を指しているものではありません。
2020年のソロ復活、2023年のYouTube配信、2024年のトリビュートアルバム参加と、YUIは家庭と音楽を両立しながら、着実に表舞台に戻ってきています。

2026年5月現在のYUIは、39歳・スターダストプロモーション所属の現役シンガーで、ソロ「YUI」とロックバンド「FLOWER FLOWER」の2つの名義で活動中、プライベートでは4児の母として福岡時代から続く生活感をブレずに保ち続けている、と整理できます。

ところで、CHE.R.RYで青春を過ごしたわたしと同世代の人にとっては、当時20歳前後でガラケーの着うたフルを必死にダウンロードしていたあの瞬間と、4児の母としていまもYUI名義で「TOKYO」「CHE.R.RY」を歌う2026年のYUIが、同じ1人の人間として地続きである、ということ自体が、軽くタイムスリップに近い感覚を呼び起こします。
ソロYUIの全シングル、FLOWER FLOWERの楽曲、THE FIRST TAKE FES vol.2の音源、トリビュートアルバムまで、ふと「YUIが今どこにいるか」を確かめたくなったら、いつでも音源で会いに行けるところに本人がいる、というのは、平成シンガーの中でも稀有な現在地だと、わたしは思っています。

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